発電菌の研究開発、現在地とその課題

発電菌は土壌などの嫌気(無酸素)環境に生息し、有機物からエネルギーを獲得する際に電子を放出する特殊な菌で、至る地域に存在しています。現在、その特性を活用して、カーボンニュートラルの新しい電力源としての研究が急速に進んでおり、より高効率な発電に向けての活動が活発化しています。
今回は発電菌による発電の仕組み、発電菌研究の現在地とその課題などについて考えてみます。
目次
細胞とエネルギー、発電菌と電子の関係
発電菌とは、エネルギーを得る代謝活動の過程で細胞外へ電子を放出する細菌の総称で、「電気活性細菌(Electroactive Bacteria)」とも呼ばれます。まずは細胞とエネルギー、電子の関係について整理してみたいと思います。
生物の活動源となるエネルギーはATP(アデノシン三リン酸)と呼ばれ、糖などの「有機物」※を分解することで得られます。細胞が有機物を分解してATPを獲得する経路には、「解糖系」「クエン酸回路」「電子伝達系」の3つがあります。
最初の解糖系は細胞質で行われ、酸素を必要としません。続くクエン酸回路と電子伝達系は細胞内のミトコンドリア内で行われ、酸素を必要とします。これら3つの経路が産出するATPの比率は、解糖系・クエン酸回路・電子伝達系の順に「2:2:34」となっていて、電子伝達系が圧倒的な割合を占めています。
一般的な生物は解糖系とクエン酸回路だけでもATPを得られますが、それだけでは効率が悪く、多量の有機物を必要とするため、有機物を分解した際に得られる”電子”を、取り込んだ酸素に渡すことで、効率よく大量のATPを獲得しています。このシステムは電子伝達系と呼ばれ、これこそが私たちが呼吸(酸素)を必要とする理由です。
一方、細菌はミトコンドリアを持たないため、自身の細胞質ある解糖系とクエン酸回路、細胞膜にある電子伝達系のシステムを使ってATPを獲得しています。細菌の中でも主に嫌気環境に存在する発電菌は、ATPを獲得する際に電子を酸素に渡せず細胞外へ放出する性質を持っています。
【図1】細胞がエネルギー(ATP)を獲得するイメージ

※有機物とは
有機物とは炭素を含む物質のことで、加熱すると焦げて炭になる特徴があります。タンパク質や脂肪など生物から生み出されるものは有機物に分類されますが、現在ではプラスチックなどの人工的な高分子化合物もあり定義が曖昧な面もあります。一方、加熱しても焦げない食塩や金属などは「無機物」に分類されます。
発電菌の種類と発電原理
代表的な発電菌として挙げられるのがジオバクター属とシュワネラ属です。
ジオバクター属は水田や土壌に多く存在し、現在の微生物燃料電池の研究で最も代表的な菌種の一つです。高効率な電子直接伝達能力を持っていて、ナノワイヤーと呼ばれる導電性構造を形成し高い発電性能を示すため、多くの研究でモデル菌として利用されています。ただし、強い嫌気性を持つ偏性嫌気性菌ため、培養には厳密な無酸素環境が必要です。
シュワネラ属は、海洋や淡水環境の堆積物などにも存在する発電菌です。比較的酸素耐性を持つ通性嫌気性菌であり、研究室で扱いやすい点が特徴です。また、電子を誘導する物質を自ら分泌するなど、電子伝達メカニズムの研究でも重要視されています。遺伝子改変が容易なことから、高機能発電菌の開発にも利用されています。
前述の通り、発電菌は導電性のナノワイヤーやシトクロムなどの電子伝達タンパク質を利用し、電子を細胞外へ移動させますが、この発電菌による細胞外へ電子を放出する特殊な能力は「細胞外電子伝達(Extracellular Electron Transfer:EET)」と呼ばれています。
発電菌が有機物を分解し放出した電子をアノード電極で受け取り、その電子が外部回路を通してカソード電極へ流れることで電流が発生します。発電菌はアノード電極に効率的に電子を渡すために電極表面にバイオフィルムと呼ばれる細胞集団を形成し、電極と電気的に接続することで継続的な電子伝達を可能にしています。
- 細胞内の代謝によって有機物を分解し、電子(e-)と水素イオン(H+)が取り出されます。
- 細胞膜にある特別なタンパク質(シトクロム)や導電性の微毛(ナノワイヤ)を使い、電子を細胞外へ排出します。
- 発電菌が吸着している電極(アノード)へ直接、または電子伝達物質(メディエーター)を介して電子が渡されます。
- 電子が導線を通って、もう一方の電極(カソード)へと流れます。この電子の移動が電流となり、電力として取り出されます。
この電子の流れで電気を生み出す仕組みは「微生物燃料電池(Microbial Fuel Cell / MFC)」と呼ばれ、現在研究が活発化しています。
今、発電菌研究が注目される理由
ここまで細胞がエネルギーを得る仕組みや発電菌の仕組みについて触れてきましたが、発電菌研究が今注目されている背景には、脱炭素社会やカーボンニュートラル実現に向けて、有機廃棄物から電力を生み出す微生物燃料電池の他にも、排水処理設備での電力削減として期待されている点にもあります。
通常の排水処理設備は好気性微生物により有機物を分解するため、水中に大量の酸素を供給する曝気(ばっき)が行われており、その消費電力は日本の電力使用量の1%にあたると言われています。
それを発電菌を使用したシステムに転換した場合、無酸素状態で有機物を分解するため、曝気の電力を削減できるうえ、発電まで行うことになり、排水処理設備のエネルギー自給自足への転換として期待されています。
また排水処理だけでなく、食品残渣、農業廃棄物、汚泥など、これまで十分に活用されてこなかった未利用資源を電力へ変換できる可能性があり、循環型社会構築の観点から研究が進められています。
その他にも、発電菌はバイオエネルギー分野だけでなく、カソード側に引き寄せられる水素イオンを利用した水素生成技術への研究も進んでおり、環境・エネルギー分野を横断する次世代技術としても期待されるなど、資源リスク低減への可能性も秘めています。
発電菌研究の現在地
期待が高まる一方、実用化へのハードルと解決すべき課題も明確になってきています。
実用化に関しては投下資本の回収効率が大きなネックとなります。太陽光などと比較すると電力密度が低いこと、高出力のための電極の大型化・高質化によるコストなどが挙げられます。
また、その解決には、細胞と電極間の電子伝達の効率化、効率的な発電能力を持つ発電菌の調査、高効率化に向けたゲノム編集と環境安全性といった技術的な課題に加え、資金面や研究の裾野の広がりといった運用的な課題もあり、それらの課題への取り組みも進められています。
微生物燃料電池の実用化についてはまだ課題があるものの、農地の温度・湿度・水量のモニタリングなど、電力が供給できない場所でのスマート農業のセンサー運用やIoT機器向けの電源としての試験が進んでいる他、排水処理施設では排水処理のばっ気にかかる電力削減+補助的な発電、という方向性が現状では有力視されています。
その他、民間企業の間でも200W/m3の微生物発電セルが開発されるなど、スケールアップも図られています。
発電菌の研究環境の課題と嫌気環境制御の重要性
発電菌研究や微生物燃料電池の研究では、菌株や電極だけでなく、嫌気環境の安定維持が研究精度を大きく左右します。多くの発電菌は嫌気条件下で高い電子伝達活性を示すため、酸素が混入すると、電子が電極ではなく酸素へ流れ、発電効率低下や代謝活性阻害につながる可能性があります。
その結果、発電効率低下だけでなく、菌体へのダメージやバイオフィルムの形成不良を引き起こす場合があります。そのため、より高度な発電菌研究や微生物燃料電池の研究では、高精度な嫌気環境制御が研究精度と再現性を支える重要な要素となっています。
ただ、完全な嫌気状態を維持することは難しく、培地交換、サンプリング、菌体回収、電極交換、電気化学測定など、研究工程には外気への曝露が危惧される作業が数多く存在します。
アノード表面に形成された発電菌バイオフィルムは、電子伝達ネットワークの中心的役割を担っていますが、酸素曝露によってその構造が損なわれ、発電性能回復まで期間を要するケースも考えられます。
また、嫌気環境が不安定になると、pH、水分、温度、ガス組成などの変化や、好気性菌や通性嫌気性菌が優先的に増殖することで本来の嫌気発電菌群のバランスが崩れる可能性があり、菌叢維持にとっては安定した嫌気環境が理想となります。
さらに、同一条件で実験を行っても、酸素曝露量がわずかに異なるだけで発電量や菌体増殖速度に差が生じることがあります。特に高感度な電流測定やクーロン効率解析では、酸素による影響が測定誤差として現れるなど、嫌気環境制御は研究データの再現性にも大きく関係します。
このように、発電菌の研究では単なる嫌気化ではなく、長期間にわたり安定した無酸素状態を維持しながら、安全かつ効率的に操作できる研究環境が求められています。
研究が高度化し、より精密な電子伝達解析や長期運用テストが進む中で、高性能な嫌気制御下での作業環境の重要性は今後さらに高まると考えられます。
最後に
発電菌の研究は、現状では商業ベースに届いていないとはいえ、将来のエネルギー供給を変える可能性を秘めており、今後の進展が期待される分野であることに間違いはありません。
当社では混合ガスによる厳格な嫌気環境を再現した嫌気性チャンバーや、低酸素環境を提供する低酸素チャンバーといったワークステーションを取り扱っています。いずれも広い作業スペースと培養庫を備えており、サンプルを外部に出すことなく安定した環境で研究できるため、発電菌研究の精度向上に貢献いたします。
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