コリバクチンと大腸がん – 明らかになった若年性大腸がんとの関連性と今後の予防研究

若年性大腸がんの発がん要因に迫る新知見
2026年8月、東京大学医科学研究所と大阪大学の共同研究グループにより、日本人大腸がん患者を対象とした全ゲノム解析の結果が科学誌「Nature Genetics」に発表されました。
この研究では、大腸がんの発症にコリバクチンと呼ばれる細菌毒素が深く関わっており、特に日本人および40歳未満における関与について特徴的な報告がされています。
コリバクチンは、腸内に生息する一部の大腸菌が産生する遺伝毒性物質で、大腸粘膜の細胞DNAに直接結合し、DNA鎖間架橋や二本鎖切断を引き起こします。その結果、細胞増殖を制御するAPC遺伝子をはじめ、がん関連遺伝子に変異が蓄積し、発がんにつながると考えられています。

今回の解析では、日本人大腸がん患者の約45%にこのコリバクチン由来の変異パターンが確認されましたが、これは欧米諸国で報告されている5~20%程度という数値と比べて際立って高い割合です。さらに注目すべきは、40歳未満で発症した若年性大腸がんに限ると、その割合が約70%にまで達していたという結果です。
また、今回は国内2施設・200例という規模で全ゲノム解析を行ったことで、この傾向がより確かな形で裏付けられた点も、研究上の大きな意味を持っています。
加えて、発がんの引き金となるAPC遺伝子の異常が、10歳未満というごく幼少期からすでに生じている可能性も示されました。つまり、子どものうちから大腸組織の遺伝子異常の危険性にさらされ、数十年という長い年月にわたり繰り返されて発症に至る…そうしたプロセスの一端が、今回初めて分子レベルで裏付けられたことになります。
なぜ日本人に、そしてなぜ若い世代に多いのか

研究チームは、この変異シグネチャーが1965年以降に生まれた世代で顕著に増加していることも報告しています。これは何を意味するのでしょうか。
一つは、腸内細菌叢そのものの構成が、戦後、特に1960年代以降の生活様式の変化とともに変わってきた可能性です。
食生活の欧米化、抗生物質の使用機会の増加、衛生環境の変化などは、いずれも幼少期の腸内細菌叢の形成への影響が考えられます。
コリバクチン産生大腸菌の定着経路、あるいは他の腸内細菌との関与とその定着経路など、今後解明すべき重要なテーマになりそうです。
もう一つは、日本人特有の遺伝的背景や腸内環境とこの菌との相性も考えられます。同じ大腸菌でも、宿主側の免疫応答や腸管上皮の状態によって、DNA損傷の蓄積に差が生じる可能性があります。
今回の研究では、コリバクチン関連大腸がんは腸内細菌叢の特徴に基づく4分類のうち特定のサブタイプに偏っているとされており、大腸がんとの関連で知られるフソバクテリウム・ヌクレアタムが少ない傾向も示されています。
いずれにせよ、大腸がんは単一の原因ではなく、複数の異なる発がん経路が併存する、多様性を持った疾患だということが、より明確になったのではないでしょうか。
今後の研究への期待 – 若年発症大腸がん予防にむけて

研究グループも、なぜ日本人にこれほど多いのかという根本的な問いには、まだ答えが出ていないとコメントしています。今後の若年発症大腸がんの予防研究には、以下のような課題が想定されます。
◆コリバクチン産生大腸菌の検出方法の確立
この菌は便中での存在量が少なく、通常の便中メタゲノム解析だけでは十分に検出できないことが今回の研究でも明らかになったと考えられます。より高感度な検出方法や、腸管局所でのサンプリング手法の開発が求められます。
◆感染・定着経路の解明
幼少期のどのタイミングで、どのような経路でこの菌が腸内に定着するのか。母子間の伝播なのか、環境由来なのか、食事内容なのか…ピロリ菌が胃がん原因の一つとして特定され、除菌によって発症率が低下した例と同様に、感染経路が分かれば予防的介入の道が開けます。
◆菌そのものの機能解析
コリバクチンを産生する遺伝子群を持つ大腸菌が、実際にどのような条件下で毒素を産生し、どの程度の量でDNA損傷を引き起こすのか。宿主の腸内環境や共存する他の細菌種との相互作用によって毒性の発現がどう変化するのか、培養実験を通じた検証が不可欠です。
◆予防・介入法の開発
コリバクチン産生大腸菌を狙い撃ちで排除することは可能なのか、可能だとして介入する年齢層やタイミング、腸内細菌叢全体のバランスを崩さずに特定の菌だけを抑える方法、特定の菌を排除したことによる影響も含め、臨床応用にはまだ多くのステップが残されています。
最後に
線虫やマイクロRNAを利用した尿によるがん検査など、近年のがん早期発見に向けた研究開発のスピードには目を見張るものがあります。今回の新しい知見をきっかけに、便に含まれるコリバクチンの検出感度の改善が進めば、企業において毎年実施される一般的な健康診断で、大腸がんをはじめとした様々ながんの早期発見の実現も期待されます。
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こうした腸内細菌研究の多くは、研究室での地道な培養作業に支えられています。
腸内細菌の大部分は酸素に触れると生育できない偏性嫌気性菌です。コリバクチン産生大腸菌自体は通性嫌気性菌ですが、これを腸内細菌叢との関係において研究するためには、共存する嫌気性菌を含めた培養環境をいかに再現できるかが重要になります。
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